2006年03月09日

78%とタダイマのわけ

もう、戻ってきてしまった。

予定が狂ったといえばいいのか、そもそもその予定を立てられなかったというのか。



実は、ここ数日、かなり本気で国外脱出を企てていた。自分の中にたまっていく連続する日常性やどろどろした人間関係だとか、しっとりと音もなく私を殺していく絶望感だとか、締め付けられるようなデッドエンドの閉塞感だとかにほとほと嫌気を感じていた。自分のなかの大事なところがだめになってしまう気がした。これでは、だめだ、どこかに行かなくちゃ。暖かくて、トロピカルフルーツジュースをごくごく飲める場所に行かなくちゃと思ったのだ。

今やっている仕事だとか、付き合っている人々とか、置かれているシチュエーションとかを全部とりあえず横において蓋をして、まず、思い当たる数少ない南国に住んでいらっしゃる恩師に差し迫った無理なお願いのメイルを出し、海外航空券のエージェンシーにせっせとメイルを送ったり、電話を掛けたりした。思ったからには早いほうがいい、と行動し始めたために、まったくゼロの準備と情報にくじけそうになりながらも、それでも、親切にも、OKと言ってくださった恩師の助言を頼りに、日焼け止めやカメラのための乾電池を求めたり、サングラスとつばつきの帽子は母に借りようと決めたり、パスポートをひっぱり出してきたり、インターネット上でにわか勉強を始めたりした。そこで、少しずつ情報が集まってきて、そうか、ここに行くならば、近くのこの都市にも行っておきたいなとか、これぐらいのお金が必要だなとか、とりあえず英語が出来ればなんとかなるんだなとか、そこで少しの間生きられるくらいの知識が蓄積されていった。

それから、モチベーションを高め、イマジメーションを膨らませるために、吉本ばななの『マリカの永い夜/バリ夢日記』を読んだりした。ふむふむ、やっぱり南国では、ビーチでごろんとして、海でばしゃばしゃ泳いで、お水やジュースやお酒をごくごく飲んで、朝は寝坊するのがいいんだなとか、とても恣意的な常識を身につけた気になった。

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でも、後は最終OKの電話を旅行会社に入れるだけという段階になって、結局、できなかった。なぜだろう。どうしても、数日後、自分がそこに居て、海で泳いでいる様子が想像できなかったんだと思う。いや、多少の想像は出来ていた。ただ、そこになぜか嬉々とした思いが伴わなかったのだ。あそこにいったら、あんなに楽しいこともこんなに楽しいこともあるはずなのに、どうしてもそう思えない自分がいることに気が付いた。情けなくなった。自分は今の状況にこんなに不満で、そして、多少のお金さえあれば、それから逃れることができるのに、なんでここに来て「嬉しく」ないのか、もうはっきり言って、自分でも信じられなかった。

もうそれは78%くらい確かに実行できるところまでいっていたのに、私はそれが出来なかった。いや、最終的にはやりたくなかったんだと思う。怖さとかそういうんじゃなくて(もちろんそれもあったけれど)、結局そこに最終的にハッピーな自分を想像できなかった。後悔をしたくなかった。いや、どう考え立って素晴しいところだし、後悔するはずはないというのも分かってるんだけれど、もう一歩が出なかった。

困ったな、悩んでしまった。なんでそれが出来ないのか、やりたくないのか。でも、考えたけれど、あんまりそれは明確に答は出てこなかった。ただ、自分が思っているほど、今の自分の状況は悪くないんじゃないのか、そんな漠然とした思いがぽつんと浮かんだ。

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そうして、落ち着いて、もう一度落ち着いて状況の把握をきちんとしてみたら、整理できそうなことがあることに気が付いた。人と話して、ちゃんと自分が思っていることを打ち明けて、そして、何より、自分は今苦しいんだな、「よしよし」、って認めてやったら、ちょっと落ち着いてきた。文字通り見えてくる景色がちょっと変わってきた。もうほんと、赤ちゃんのレベル、というか赤ちゃんでも自分がどうしたいか、そういうことはきちんと分かっているんだから、もうほんと、情けない。でも、そんな情けないのが自分で、それを「よしよし」ってしてあげられるのは自分しかいないのだという、ほんとアホみたいな気づき。

そうしたら、ちょっとずつ季節が変化しているのが見えてきて、すごくうれしくなったり、甘いものを食べて幸せだ!って思えたり、我が家の愛犬がはしゃぎすぎて畳の上ですべっちゃってこけちゃうのがおかしくって愛しくなってしまったりした。花粉と戦いながら散歩をしてみると、ずっと小さい頃から知っている街なのに、まだまだ知らないお店が沢山あって、居心地のよさそうなバーや喫茶店を見つけられたり。なんかこういうの悪くないじゃん!って思えたてきたのだ。そしたら、許せてきた。自分の変なこだわりとか煩悩とか。極めてシンプルなレベルで自分のしたいことが分かってきた。あ、今お茶が飲みたいなとか、歩きたいなとか、歌を大きな声で歌いたいなとか、そんなこと。でも、そんなことにとっても助けられた気がした。

なにがきっかけかなんてよく分からない。暖かくなってきて、青空が出て、結構強い太陽の光が注いでくるせいかもしれない。でも、結局のところきっかけなんていうものがなんなのかはたいした問題でもないのかもしれないと思う。今こうして、自分が自分の意志でここに居るんだなと思うことがよかったと思う。この先も、そして随分近くに、同じように思い行き詰ると思うけれど、今日の日のことを忘れたくないなと思う。だから、この稚拙な文章は自分のためのものだ。なんだかあらゆるものの存在にに感謝の気持ちが沸いてくる。

ありがとう。

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posted by sleepyhead at 22:40| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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